Oct 10, 2010
医療脱毛は、医師、医師の立ち会い施術
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中央社会保険医療協議会(中医協、会長=森田朗・東大大学院法学政治学研究科教授)は5月18日の総会で、来年度の診療報酬改定に向けて精神科医療について議論した。その結果、昨年度の前回改定で精神入院医療に重症度評価を導入した影響などを調査することで合意した。
課題に挙げられたのは、▽精神入院医療▽身体合併症がある精神疾患患者の救急医療▽認知症対策▽地域生活への移行―の4項目。
精神入院医療では、前回改定の結果について検証する特別調査の一つとして、入院患者の重症度に応じた加算を導入した影響を調べる。精神療養病棟入院料の「重症者加算」は、精神疾患の重症度を示すGAFスコアが40以下の場合に算定できる。
身体合併症がある精神疾患患者の救急医療では、こうした患者を受け入れていた総合病院が施設数、病床数共に減少傾向にあることを踏まえ、診療体制や受け入れ先の確保が課題に挙げられた。このため、身体・精神共に救急対応が必要な患者の受け入れ状況などを把握する。
認知症対策では、専門医療機関による療養方針の決定などを評価する「認知症専門診断管理料」の新設や、「認知症病棟入院料」の見直しが、必要な医療の提供につながっているかどうかを調べる。
地域移行については、精神障害者の地域への復帰を支援するためのプログラムを複数行っている医療機関の体制や、実施状況などを調査する。また、精神疾患患者への訪問看護について、患者の状態や訪問看護の内容を調査する。
これに対し、鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)は、「GAFスコア(を40で区切ること)が妥当かどうか検証していただきたい」と要望。また、坂本すが委員(日本看護協会副会長)は、身体合併症のある精神疾患患者が一般病床に入院するケースもあると指摘し、精神病床だけでなく一般病床についても調査対象にするよう求めた。
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東日本大震災で住民が散り散りになり、「解散」同然の集落がある。津波で全戸の家が流された牡鹿(おしか)半島の大谷川(おおやがわ)浜(宮城県石巻市)。住民約80人は全員無事だったが、仮の解散式後には仙台市の親族宅やアパートに引っ越し、残ったのは5人だけだった。「もう元には戻らない」。三陸沿岸には、そんな消えかかっている集落がたくさんある。(荒船清太)
住民らの避難場所となっているのは旧大原中学校の校舎だ。「若い人は戻ってこねえだろうなあ」。釣り船業、阿部政悦さん(52)は寝ころびながらそうつぶやいた。
大谷川浜では集落26戸全戸が津波で流され、公民館を捨てて山に逃げるなどして約80人全員が逃げ延びた。一時は校舎の3階まで被災者が入っていたが、大半が石巻市内に移り住んでいた親族の家や仙台市内のアパートなどに移った。今では1階に3世帯5人が暮らすだけとなった。
阿部さんと一緒に暮らしていた母親(80)は山形県の親族の家に、長男(24)は70キロ以上離れた宮城県大河原町に移った。実家で営んでいたホヤ種の養殖や釣り船に興味を示し、跡継ぎ含みで仕事を習っていた次男(22)も、土建業の働き先を見つけて石巻市に引っ越した。
大谷川浜は、ホタテなどの養殖業を営む世帯はいるが、大半は兼業の会社員。買い物も市外のスーパーでしていたことから、住民の流出が続いた。「息子が嫁もらっても、孫ができても、一緒に住める大きい家だったんだが、元には戻れねえ」。阿部さんは嘆く。
仮の解散式は旧大原中で開かれた。3月末のことだ。「年寄りも多いし、ここにずっといることはできない。1回外に出て、この集落をどうしていくか、みんなじっくり考えてください」。行政区長の木村幸七(こうしち)さん(68)は厳しい表情であいさつした。
90歳代の高齢者や障害を持った被災者もおり、健康状態は日に日に悪化。数十人分の薬を取りに山を越えて病院に毎週通わなければならないなど、集団生活は限界に来ていた。あいさつに、住民は黙ってうなずいた。「いつか戻ってくる」。木村さんはそう信じて、住民の移転先すべてをメモ帳に書き留めた。
だが、「あの決断がよかったのか悪かったのか」。今になって木村さんは悩んでいる。「いったん離れると、生活の基盤もできてきて、浜には戻りづらくなる」。木村さん自身、妻と一緒に牡鹿半島を離れ、石巻市の長女宅に避難し、孫3人と暮らせることに喜びを感じてもいる。
それでも、木村さんは大谷川浜に家を建てるつもりだ。「このまま、浜がなくなることだけは避けたい。私たちが踏ん張れば、また戻ってくる人も出てくるかもしれない」
阿部さんも大谷川浜に戻るため、親族の誘いも断って旧大原中で避難生活を続ける。「同じ釣り場でも秋と春で取れる岸辺が変わる。こんな居心地いい場所は離れられない」。大谷川浜は祖父から3代を育んでくれた。阿部さんは「大工やってたから家は自分で建てられる。船の修理もやってたから釣り船は直せる。大谷川に残る」と話す。
集落を解散するのか、それとも残って再建するのか。29日の住民集会でもう一度正式に決めるという。不動産担保ローン|事業資金|東京スター銀行 法人のお客さま
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